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1948年創業 昔ながらの日本茶専門店です

電話でのお問い合わせはTEL.086-422-1427

〒710-0055 倉敷市阿知2丁目3番24号

お店案内company

小さな町のお茶屋さん

雨や、強い風の日でなければ、焙じ機を回してお茶を焙煎しています
手作業なので大量につくれませんが、毎日つくります
お店の中は、創業当時から使い込んでいる火鉢、鉄瓶、ボンボン置時計、
そしてたくさんの茶箱に囲まれています
創業1948年 今では店内がヴィンテージ品で溢れています

しかし、お茶だけは常に質の良いものをご提供しています
懐かしい感じの町のお茶屋さんです

   


倉敷ケンパ通り 【Kurashiki Hopscotch Street】

所属している倉敷中央商工組合で、『倉敷ケンパ通り』をつくりました
発端は商店街に住む猫たちの糞問題でした 
店の裏側の通りや駐車場に所かまわず糞をするので困っていました
そこで、今まで古くなった道をきれいに舗装し直し、
遊び道具として使えるカラフルなケンケンパの絵を描きました
お陰で、こどもや大人が楽しそうに遊んでくれるようになり、
今のところ、猫も決まった場所にしか糞をしなくなりました



つねき茶舗 沿革

1935年
恒枝丈夫・吉子・(長男)信雄 親子は、仕事の関係で京都から満州へ移る
1945年
4月、丈夫に招集がかかり、陸軍中尉として新京(現・長春)へ赴任する
8月、中国の戦地で終戦を迎えた丈夫は、ロシア軍の捕虜となりシベリアへ抑留される
1946年
11月、満州・安東(現・丹東)に居た妻・恒枝吉子は3人の子供を連れ、命からがらの  状態で日本へ帰国  以前住んでいた京都へは帰らず、吉子の郷 倉敷へ戻る
1947年
4月、茶業を始めようと考えた吉子は、単身 京都の茶問屋へ出向き、取引を始める
仕入れたお茶は、自転車で方々に回って販売する 中学生の長男・信雄も手伝い始める

 吉子 お茶の自転車販売を始める
1948年
丈夫、シぺリア抑留から解放され、京都の舞鶴港へ無事帰国する
吉子はそれまで続けていた行商をやめ、丈夫と一緒に駅前に店舗を構える
昔、化学の教師をしていた丈夫は、お茶の勉強を熱心に始める

 

それまで住んでいた引揚者住宅を引き払い、水島から倉敷へ移る
1955年
美観地区の本町に居を構える
1959年
大阪から(つねき茶舗 二代目) 長男・信雄、倉敷へ戻ってくる
1968年 
本町の自宅でもお茶屋を始める(〜1974年)

 丈夫 美観地区店前
2012年
信雄の三男・信三、茶業を手伝い始める
2013年
美観地区店、セルフリノベーションでリニュアル オープン

 
2014年
日本茶AWARD2014 香りの部門 倉敷ほうじ茶 プラチナ賞受賞
2015年
日本茶AWARD2015 ほうじ茶部門 倉敷ほうじ茶 審査員奨励賞受賞
2016年
第2回 岡山元気な店webコンテスト 特別賞受賞
2017年
日本茶AWARD2017 ほうじ茶部門 倉敷ほうじ茶 ファインプロダクト賞受賞
2019年
日本茶AWARD2019 ほうじ茶部門 倉敷ほうじ茶 ファインプロダクト賞受賞

shop info店舗情報

つねき茶舗

〒710-00550
倉敷市阿知2丁目3番24号
TEL.086-422-1427
FAX.086-422-1427

駅前店:
10:00〜17:30 
日祝休

美観地区店:
10:00〜18:00 
不定休